松本民芸家具について

  一 松本民芸家具について

 昔はどこの地方にも、その土地の特長ある家具が作られておりました。

それらの凡てを民芸家具とよぶこともできます。ここで「民芸」とは、大正

十四年に故柳宗悦先生が、民衆の中から生まれた工芸(つまり民衆工芸をつ

づめて「民芸」といわれたことにはじまるのであります。今日ブームにまで

なっている所謂民芸的あるいは民芸調などとは、その精神の基底に余りにも

隔たりがありすぎると思います。さて、私達はともすれば逸脱しやすい、動

揺常なき現実の中で、いつも、民芸とはどうあるべきか)の原点にかえって

自己を省みつつ歩みつづけて来ましたが、今後も民芸の心をこころとして、

仕事を進めてゆくつもりでおります。

 そこで私たちの作っている家具はいつの間にか「松本民芸家具」とよばれ

るようになりましたが、これは当初からこのような名称をもって家具作りを

はじめたのではありません。私たちが松本で家具製作を開始するそれ以前に、

柳宗悦先生を崇敬され、先生の唱導された民芸運動実践の一端として、鳥取

市の吉田璋也氏が、「鳥取民芸家具」と称して木工家具を作られ、それを広

く世に紹介されていたのでありますが、それに対して私たちの製作している

家具をいつの間にか愛用者の皆さまが「松本民芸家具」といって使って下さ

るようになりましたことは、何はともあれお使いいただく方々に私たちの心

が通じたものと有難く思っているのであります。

 私たちの初期の目標は松本地方に昔から受継がれていた手作りの家具が、

戦後著しく衰退した姿を当時来松された柳先生が直接見聞されて、大変それ

を惜しまれ、何とか新作民芸運動の一環として松本の伝統ある手工芸の回復

を計ってくれないかということで、先生の希望にお応えするつもりで、微力

ながら採算のことは度外にして、運動のつもりで家具製作に取りかかったの

であります。終戦間もない頃の混乱期に事を創めて幾多の曲折を経てようや

く今日に至ったのでありますが、その頃はまだ民芸などという言葉は一般に

は全く耳新しいものでありました。また私としては民芸の名を冠して家具製

作に携わる上は、これは一種の看板であり、のれんでありますからそうした

意味から、決して責任のない仕事は許されない、この自負から商業主義に傾

くことを強くいましめて今日に及んでいるのであります。

 戦後、機械量産化の道が近代化であると、盲信したり、企業の大型化のか

けごえに動かされて家具製造の分野でもご他聞にもれずこの傾向を辿ってい

ますが、製造業者の企業経済という面からはなれて、本来の家具作りという

問題にたち帰って考えますと、そこには多くの問題のあることがわかります。

昔のものはほとんど手で作られましたが、現代の多くの家具メーカーは、手

工芸を基にした製造は時勢に逆行するものであるかのように誤解して、また

そのようなことでは企業的に成立しないと考えがちです。それに手工芸の技

術の習得には長い年期を要します。今の世の中では誰もがそんなわずらわし

いことは極力さけようとします。しかし、本当の家具作りには、どうしても

手工芸を無視できない面があります。というのは家具は一般の工業製品のよ

うに、ただの消耗品として作られるには、あまりにも人間生活と密着してい

るものだからであります。長い年月の間、日常生活の友として、使えば使う

ほど、自分と離れがたい関係を感じさせるものは家具であり、その間に醸さ

れる人間性に手工芸が一番深いものを生じさせるからであります。

 そして民芸という言葉は生れていなかったのでありますが、昔のものには

温く人の心を包容する美しさと品質のたしかさ、巧まざる伝統的なデザイン

の美しさがあるのであります。これこそ「用と美」を語らずして備えている

ことに他なりません。

 また外国では古くから家具は大切な財産の一部として、子孫に伝えられる

習慣があり、これは今でも残っていて、家を建てることと同じく生涯の伴侶

としての家具の選び方は慎重であります。日本でも経済が安定してくるにつ

れて家具を家庭の文化財と考える傾向がつよまり、従って家具選択の眼もこ

え、単に経済面と機能性だけではあきたりなくなって来ております。こうし

た理由からも私たちの作る家具への関心が年を追って増してきていると考え

られるのであります。

 過去私たちは前述のことを念頭にして家具作りに専心してきましたが、も

ともと松本地方は昔から全国屈指の家具製造の伝統をもっております。そこ

で昔のよいところを正しく現代にうつし変え、使う人のために本当のよい家

具を作ることに使命感をもって仕事をしております。しかしこの伝統の大事

さを忘れて、手仕事は時代遅れだとする錯覚や、機械化をよしとして工人を

軽視する傾向などが入混って、伝統的な仕事の上に大きな空白を生じたこと

は、それがたとえ時代の風潮であるとはいえまことに遺憾なことです。私た

ちはこの空白をおぎない埋めるために能うかぎりの努力を重ねてきました。

幸い多くの識者の推援を得て、二十余年にしてようやく私の理想とする道へ

の端緒につくことができましたが、仕事はこれからだと思っております。

 ここで私たちの仕事に関心をよせて下さる方々のために、家具作りの工程

を述べて御理解の一助にしたいと思います。



  二 松本民芸家具の材料と工程


 材 料

 昔、多く使われた当地方の家具材としての欅材は戦時中の乱伐のために今

日では少なくなり、銘木化し高価なものになっていますが、戦後アルプス山

中の原始林の開発などが行われるようになり、深山のみづめ桜、樺桜などの

野生のものが多く家具材に用いられるようになりました。とくに最近みづめ

桜は再認識されるようになってきました。これは材質が堅いことと重いので

一時は木工業からは嫌われていましたが、本来は良質で、その木質は使えば

使うほど美しさを加えてきます。遠く平安時代に信濃国から朝廷に弓材とし

て献じられた梓(あずさ)はこのみづめ桜であったといわれます。その他の

家具材には種々なものが用いられていますが、昔と異って木材はますます貴

重なものになってきています。家具材には何十年、何百年と成長してきたも

のを伐って使います。この貴重な材木を生かして使用しないかぎり、長野県

としても大きな損失といえます。私たちはこの木材資源を充分に生かし、信

州産の木材を主体とした家具を作り、民芸家具として地方的な味を出すこと

が大事であると考えております。

 さらに加えて申すならば、最近は科学的製法による材料が家具にも広く応

用されて全国を風靡しております。こうした家具作りは経済万能の現代では

メーカーには都合がよいでしょうが、一方使われる方から見れば味気ない画

一的な冷たさを免かれることはできません。それにひきかえ昔ながらの木工

品に囲まれた雰囲気の中でこそ、人間のやすらぎを感じるのは当然といえま

す。このはげしい現代ではやすらぎのもてる感覚を生活の中に取入れること

はきわめて大切でありましょう。木材固有の柔らかさ、温かさは自然が人間

におくってくれた恩恵ともいえましょう。また木材を使った製品といっても、

現代の大量生産・機械生産は単一の資材とか合板などを主としますので変化

にとぼしく、木材のもつ特性を失って、まったく別なものとなってきていま

す。

 私たちは多種の用材を使って多くの種類の家具を作ってゆきたいと考えて

おります。後で述べますが、現在では昔のように無垢の木材を使って作る家

具はますます少なくなってきています。どうしてそうなってゆくのでしょう

か ―――

(イ)種類の異る材料・長さ・厚さの木材を大量にストックすることは資金

   的にも営業的にも不利であること。

(ロ)完全乾燥には多くの手数を要し、反面需要者にはその努力が理解され

   ないこと。

(ハ)木材の乾燥は天然乾燥後さらに人工乾燥を行いますが、それはむづか

   しい工程であり、その上、人件費その他の資金面に不利であるために、

   これをさけて合板の仕事に傾いてゆくこと。

(ニ)無垢の木材加工は技術的に骨の折れることで、長年の訓練を経た工人

   の技術を要とすること。

(ホ)家具産業は大型化し、大量生産のために資材は単一化されなければな

   らず、いきおい合板・合成材を求めること。

以上のような条件によって無垢材使用の家具は減少する一方となっています。

 私たちは意図する方針で仕事をすすめるために、種々の人工木材乾燥をこ

ころみましたが、厚い木材は昔行われたように、長期間貯木して充分に自然

乾燥し、最後に人工乾燥して仕上げることが理想的であるという結論を得ま

した。そして私たちの仕事はまず種々さまざまな用材を大量にストックする

ことが大切な要件です。これは簡単なことでなく、常に信州各地から集めて、

短かくて半年、長いものは二年、三年の自然乾燥を行い、最後に工場に運ん

で人工乾燥機にかけて仕上げます。なおまた木材のもつ固有のくせがあって

製品になってからでもくるいの原因になることがありますので、そうした材

木はしばらく屋内に放置してくせが出きってから加工にかかります。これを

シーゾニングといいます。これは余程木材のストックがなければやれないこ

とです。こうしたところにも昔風な手間と時間をかけた仕事が、現代では行

われ難いことをお解り願えると思います。このようなことが、一般家具製造

業者に無垢の木材使用を敬遠させている原因といえます。それから最後に大

切な事は、信州はこの無垢の家具作りには最も適した自然乾燥の土地であり、

これは決定的な有難い大自然の恩典であります。それでこそ永い家具の伝統

が生まれたといえます。


 製 作

 無垢の材を加工するためには昔から伝っている手仕事が中心になります。

腕に年期の入った職人(現代でのクラフトマン)が製作することになります。

 こうしたクラフトマンの手仕事も全工程すべてということではありません。

機械力も活用して生産費の高くなることをふせぎ、無駄をはぶきます。いう

までもなく機械はあくまで人間の手伝いという形をとっています。私たちは

機械力のもつよい点を決して否定するものではありませんが、結局機械はの

み・かんな・のこぎりの延長であり、あくまでも人間が機械に手伝わせると

いう考え方であります。また明らかにいえることは手仕事に熟達しているク

ラフトマンは機械も上手に使うということであります。私たちの仕事場には

自分の一生を木工の手仕事に捧げ、それを天職と心がけている立派な先輩た

ちに指導をうけている若い世代が共に懸命に仕事に励んでおります。そして

青年たちは単純な仕事から高度な仕事へとさまざまの工程を順々に手がけて

ゆきますが、ここで大切な問題は一つの製品は必ず一人の人間が最終的な責

任をもって仕上げるという組織によって製作していますので、一つ一つの製

品には作った者の印しをつけることにしております。これは誰々が作ったと

いう偉ぶった署名ではなく、あくまで加工の責任を明らかにするということ

であります。


 仕上げ

 昔はそれぞれの地方に特徴のある木工の塗り方、仕上げ方というものがあ

りましたが、現代は塗料会社がいろいろ研究して製造した塗料を広汎に売捌

いているために地方の特色がうすれてきています。今市場で見られるほとん

どの家具の仕上げは合成樹脂塗料によっています。実際に家具塗料の進歩は

驚くばかりで、上等の塗料は一回塗り仕上げですみ、少々のことでは変質し

ません。この塗料は家具の木部と外界との間に丈夫な隔壁をつくります。そ

してこの塗料によって仕上げた家具はどんなに使っても一向に古くならず、

まして味わいといったものは望めません。使いこめば自然の艶と色のついて

くるところに木製品のよさ、渋さがあるのに、それを食止めてしまうのが樹

脂塗料です。昔の人は生地の家具を長年かかってただ拭くことだけで、木材

本来の美しさを発揮させています。木と一番親和性のあるのは漆ですが、ふ

りかえってみて二千年この方現代まで漆にまさる塗料はなかったと思われま

す。仕上げの最高は生地仕上げとされていますが、次が漆です。しかし生地

仕上げとなると、まず生地の美しい材質を選ばなければならず、従って高価

になることと、汚れやすいので工程に多くの苦心を要します。工芸品とはい

えやはり商品として世におくるためには、ある程度の仕上げ塗りを必要とし

ます。そのために私たちは漆塗りの代りに、将来美しさと味わいを出すため

に特別の塗料法を研究して仕上げを行っております。五年、十年を経てたま

たま出会った私たちの作った家具が、思いがけない美しさに育てられている

のを見ることは、たとえようのない喜びであります。そして私たちの塗料法

の誤っていないことに自信を深めるのであります。


 デザイン

 どちらかというと私たちの仕事は洋家具に属しますが、それは変ってきて

いる日本人の新しい生活に適合する家具を作りたいと考えているからであり

ます。たとえば椅子の生活が多くなった日本人に、本当に使われる椅子を作

りたいと考えています。椅子の生活は中国・朝鮮には古くても日本には新し

い歴史です。そのために私たちはまずヨーロッパやアメリカで長い間庶民の

使っている本格的な椅子の勉強からはじめました。日本がはじめて外国から

椅子を学んだのは、明治の初期でありました。日本の木工職人たちは横浜・

神戸などで、外国人が生活のために自国から持ってきていた実物を正しく模

造することから入ったということです。これがそのままずっと続けられてい

たならば、外国人も納得するような日本出来の独特な椅子に発展していたこ

とでしょう。ところが日本人の器用がわざわいして、輸入されてきた絵画や

写真により勝手な様式を作ってしまい、その形式だけが流行して雑なものが

作られ、しっかり伝統をつくるようなものが生れなかったといっても過言で

はないと思います。さすがに西欧の椅子は材料も、構造も、機能も長い間に

洗練されて、見て美しく用にかなっています。私たちは広く世界に正しく残

された伝統的な家具を勉強することによって、将来自然の間に松本の伝統に

とけこんだ正しい家具を作ってゆくことを念願としております。誰のデザイ

ンであるとか、誰の作ったものだとかいうことはとくに家具の場合は重要な

問題ではありません。要は正しいよい家具が作られるということだと思って

おります。

 スカンジナビアに起った工芸運動としてのアルチザン活動はデザイナーと

クラフトマンと同列において、よい家具を作るために政府が研究させたとい

うことは、大きな進歩であったといえます。私たちは昔から残されているも

のから忠実に学び、習作して、正しい家具を作りたいと願望していますが、

それを進めれば進めるほど眼に見えない先人の苦心と、伝統の生んだたくま

ないデザインに頭を下げざるを得ないのです。

 また松本民芸家具は殊更に一つの型を打出そうとして骨太で、頑固なデザ

インのものを作っていると一部の人たちからいわれますが、これは一般の家

具があまりに合理化され、材料も規格化して、それのみを追及する結果、自

由な寸法と材料の入手が困難な現状から、その規格化されている用材によっ

て製造される線の細い家具を平常見慣れているためであると思います。私た

ちは太い・厚い・薄い・細いの様々な材料を常に用意しながら、昔のような

無垢の木材を使った骨の折れる仕事をやっております。また一見厚く太すぎ

るように見える外観は、力強さ、逞しさからくる家具への信頼感をもたせま

すが、それは構造・機能にも関係していることが多いのです。結局は長く使

われて、その結果を論じてもらいたいのです。私たちは誰々のデザインとい

うことでなく、全員で研究し、直接仕事から教えられながら進展させてゆき、

真に長野県の伝統的家具に成長させることを目標にしております。



  三 家具の選択

 いよいよ自分で家具を買わなければならない時に、その選択が思いのほか

むづかしいことに気づかれると思います。一概に値段の高い安いということ

だけはでなく、また斬新であるから必ずしもよいものであるとはいえません。

それに使いみち、便利さ、丈夫さ、美しさと経済というような問題が加わっ

て一層きめかねることになると思います。それでご参考までに家具の選び方

について少しばかり述べてみることにいたします。

 ◎家具は日常欠くことのできない実用品であります。使い心地がよく、見

  て美しいものでありたいと思います。

 ◎家具は生活するための工芸品であって、機械ではありませんので、ただ

  機能だけを求めますと味気ないものとなります。

 ◎家具は値段の高いものだけがよいとはいえません。そうかといって一時

  使いの安物ばかりでは、生活に潤いがなくなります。

 ◎家具は私たち一生の伴侶ともいえるものです。家具・調度品に関心をよ

  せることは、それだけ自分の生活を豊かにします。

 ◎よい家具を買うということは、贅沢なことでしょうか。余裕ができたら

  立派な家具をそろえるといっている人がありますが、そのような考え方

  では、一生、家具のよさを知らずに過してしまうかも知れません。お金

  ができたからといって、すぐに美術や工芸の美しさがわかるというもの

  ではなく、常日頃の関心が大事なことと思います。

  「徒然草」に、その家の家具調度品や飾られてあるものを見ると、主人

  の人柄がわかる。つまり人を見下すような豪華なものとか、見掛けばか

  り派手で実はごま化しものであったり、また役に立ちさえすれば事足り

  るといったものなどのあることを評した文章であります。

 ◎家具は贅沢なものがよいというのではなくて、それぞれの用途によって

  きまります。安価なものでも、その使い道に適い、正直に、正しく作ら

  れ、その上使う人が長年大切に手入れをして、美しくなった台所の家具

  などには、立派な生命が感じられます。

 ◎よい家具というものは適切な材料、正直な仕事、よいデザインによって

  出来上がりますが、その上丈夫で使いやすく、使う人、使われる場所に

  よく調和したものでありたいのです。

 ◎家具は昔のものによいものが多いということは、生活によく調和したも

  のであったからではないでしょうか。調和のないものは何時か飽きられ

  ます。安いと思って買っても、じきあきてしまうようなものは不経済で

  す。

 ◎よい家具は使えば使うほど、美しくなり、愛着が生じてきて、家庭の雰

  囲気に欠くことのできないものとなります。

 ◎家具は半永久的に使われるべきもので、流行を追って何度も買替えるこ

  とは不経済です。従って買う前に充分研究されるべきであります。近頃

  の家具のように、最初のうちだけ美しく、間もなくいたんでしまうので

  は困ります。長年の手入れをよくして使えば本当の生命がにじみ出てく

  るようなものでありたいのです。



  四 家具のお手入れについて

 昔の生活は、温度・湿度の点から見ても外と室内の変化が少なく、木の家

具も安定していましたが、冷暖房が自由に行われる現代住宅の中での家具は

安定しにくい状態にあると言えましょう。

 例えばこんな話があります。百年も前の箪笥がそれまでは何ともまく無事

に使われていたのに、冷暖房完備の鉄筋コンクリートの新しい住いに移しか

えられたとたん、扉がねじれたり、板が割れたりしたというのです。それま

で安定していた環境から極端に条件の異なる環境に移し変えられた為に起っ

たことなのです。

 私共が材の吟味や乾燥・工作法について十分神経を使っておりますがしか

しそんなにしても極端な乾燥・湿気に合うと木は動きます。


 ◎湿気の多い部屋、乾燥しすぎる部屋は木の家具にとっても大敵です。

 ◎梅雨時には箪笥などの箱物は、時々戸や引き出しを開けたりするのも方

  法です。要は湿気をこもらせないことです。

 ◎新築家屋の室内は構造体内部に湿気が多く、暖房によってかえって湿気

  をよび、家具が吸い取り紙的役割をして、木が膨張することがあります。

  こう言った時にもやはり換気が必要です。湿った壁から少し離して配置

  して下さい。

 ◎逆に乾燥しすぎる場合にも、通風が大事なポイントです。

 ◎すえ付けに際して、箪笥が水平に保たれるように床面の調整をして下さ

  い。


 今日の家具塗料の進歩は驚くばかりで、少々のことでは変質しません。熱

やアルコールなどの物理的・化学的な力にも相当強いものが沢山あります。

それらのほとんどが合成樹脂塗料といわれるものですが、これらの塗料の欠

点は、塗膜が硬いあまり、どんなに使っても味わいといったものは望めない

ところにあります。

 松本民芸家具は使いこめば自然の艶と色が出て来る木製品の良さを生かす

漆塗装の他、一般製品に関しては漆以外でもっと廉価で同じ様な効果のある

塗料はないものかと塗装法を研究し、漆と同じような味わいのある塗料を開

発し、現在の仕上げを行っています。


 ◎家具は直射日光とストーブは大嫌いです。強い光や熱に会うと変色した

  りする心配があります。

 ◎座卓などにじかに熱いものを置かず、必ずお盆なり茶托なりを敷いてお

  使い下さい。

 ◎瀬戸物など底がザラザラしたものをじかに置くとキズがつくことがあり

  ますのでご注意願います。

 ◎著しく汚れのついた場合は、石けん水で汚れをとり、後乾いた布で磨い

  て下さい。

 ◎化学ぞうきんやクリーナー等をお使いになりますと、くもりが出ること

  があります。

 ◎拭き掃除は、かたく絞った雑布で水拭きするのが一番です。たまに椿・

  オリーブなどの純正の植物油を布に少量つけて拭いたのち乾いた布で磨

  いていただければ理想的です。



   むすび

 家具調度品は元来それを使う人に奉仕する使命をもっています。健全で、

実用的で、長く使って飽きがこないものでありたいと思っています。たとえ、

安価で使い勝手に都合がよくても、じきにこわれてしまったり、いやになっ

たりするものでは、不経済です。少しくらい高い値段のものでも、長く使う

ことができれば、道具ほど安いものはないといえましょう。まして道具とそ

れを使う人間との間にいつの間にか離れ難い親しみがわいてきたならば尚更

のことです。

 ただの贅沢なものや脆弱な飾りものとは異なり、生活に役立つ実用生活工

芸である民芸としての家具製作が私たちの本道であります。ここでは無味で

実用的ということだけでなく美しさをもつことも大事であります。私たちは

民芸品のもつ美の根源に深い関心をもち研究を重ねて用と美の精神を活かし

たよりよい家具の製作を目標として仕事をつづけてまいります。申すまでも

なく家具の製作・販売という経済行為だけをもって事足れりとなすものでは

ありません。

 今日、昔の民芸品の本当によいものを入手することや使うことは困難なこ

とでありますが、私たちの考えているように大勢の人たちが、何年もまた何

代にも亘って真摯に製作し、伝統を形成することができたならば、現代でも

昔に劣らない立派な民芸家具を作ることができると信じております。

 常々考えている私たちの心をここにお伝えいたしたのですが、ご理解いた

だければ幸せであります。

 なお、私たちの家具をお買上げ下さった方々はお気軽に、そしていつくし

んで使っていただきたいのです。家具は皆さまの手で美しく育てられ、日常

のお役に立つとともに、ご家庭の温い雰囲気をつくる大切な要素となり、ご

家族の情操を高めるお手伝いもさせていただけると思っております。

 近頃の民芸ブームに乗じて、似て非なる本格的家具と称するものが多く出

廻り、而も相当高価なものを体裁だけで売っています。それだけに家具をお

求めの際にはよくご研究の上でお買上げ下さるようお願いいたします。


                (打ち込み人 K.TANT)

【出典:松本民芸家具カタログ】

(EOF)
編集・制作<K.TANT> E-MAIL HFH02034@nifty.ne.jp